2020年11月5日木曜日

ラジオ体操のメゾフォルテ

 

朝6時25分放送のEテレ「テレビ体操」を毎日続けて1年近くなる。

寝過ごしたりして、この10分を休むと

最近罪悪感に見舞われるようになってきた。 

体操のお姉さんたちのコスチュームが秋色に変わってハッととしたり

後ろのスクリーン画面のソフトな壁の色合いが

季節に合わせて変化していることに感心したり・・・

ピアノ伴奏者の黄色いロールカラーのワンピースと

傍の白い花の中に数本ある黄色いスイトピーの花の色が

うまく合って素敵だとか・・  

わずかな時間にあれこれとチェックするのも楽しい。

朝のラジオ体操秋バージョンコスチューム


上手く音楽とぴったり合っているのは

体操者が音楽に合わせているのではなくて

ピアノの伴奏者が、体の動きに合わせて

体操を見ながら演奏をしてくれているからこそというもの。

胸を開くような動作に対しても

音がのびたり強くなったり、

音楽的にはバランスが悪くても体操がしやすい。

左手も拍が分からないと体操がしにくいので

割と強く弾いてくれている。

筋力強化 ストレッチ ほぐしの体操など

目的の違いで調が変ったりするのも変化があって気分がいい。

ピアニストは3人

幅しげみさん 加藤由美子さん 能條貴大さんが

毎日交代で伴奏してくれる。

LIVE感覚であっという間に朝の10分間が過ぎる。

ラジオ体操楽譜


この頃 この3人の タッチや音色 強さの違いが

何となく分かるようになってきた気がするのも ちょっとだけ嬉しい。

 

「笑顔で体操をしましょう!」

「ピアノの音よく聞いて 音楽に合わせて身体を動かしましょう!」

体操指導者の多胡肇さんの解説 当たり前のことだが 結構深い。 

良く音を聞くと f  ff  mP 身体を回すところは

かなりダイナミックにピアノの音が強い。 

キュートでかわいいところの音もある。

笑顔をキープして しっかりやるとわずか10分でも息が弾んでくる。 

ある人が言った  ラジオ体操は続けると

下手なジムに行くより効果がある・・と

恐るべしラジオ体操。

そしてピアノで元気がでる。 

                           2020・1106長塩

2020年10月3日土曜日

国境なき医師団


阪神大震災から25年経った。

震度7の揺れは5万人超の死者・負傷者を出し、

住まいやライフライン、道路・鉄道などに甚大な被害をもたらした。

いつまでも町が燃え続け

高速道路がおもちゃのようにまがっているニュースを見て

とんでもないことが起こっていることに体が震えた。


建物の下敷きになっている人を消防団が助けている様子をテレビ局が報道し

レポーターが近寄り それをカメラが映している。

「そんな暇があったら 手を貸したらどうなの!」とテレビの前で

思わず叫んだりしたものだ。 

この非常事態の中でわたしが出来ることってなんだろう・・そう考えた末 

以来ユニセフの国境なき医師団にささやかではあるが

ずっと募金を続けてきた。 

それからずいぶん経った頃から 別の考えが頭をよぎるようになった。

本当に私のお金が医師団に渡っているのだろうか

申し訳ないことだったが、別のことにお金が使われているのではないか・・

などと、よからぬ思いが頭をよぎり結局募金をやめてしまった。

それから1年経った311日 あの未曽有の東北大震災が起きた。

停電で携帯ラジオだけが頼りの2日目

雨が雪に変わり寒さで震えながら度々余震でガタガタ揺れる中

オーバーを着込み何かあったらすぐ逃げられるように家の中でも

靴を履いて歩いていた夕方。ラジオから聞こえてきたのが

「今国境なき医師団が 宮城県に入りました!」の声。

ありがとう ありがとう 何度も繰り返した。

 涙が流れて流れて 仕方なかった。 


東建コーポレーション】復興東北!頑張れ東北!復興への願い
この家にはどんな人が住んでいたのだろうか


4日目に電気が通じた。嬉しかった。

テレビも見ることが出来るようになり大津波に家が次々に飲み込まれて

流されていく映像に震災直後にこれを目にしたらとてもたまらなかったろう

と思わされた。 あれから9年の月日が流れた。 募金は続けている。

今コロナで また私たちは大変な目に合っている。 

半年前頑張って私の送ったお金は5000円 

でも医療用フェイスシールド3点しか提供できない。

今コロナ感染を食い止める国境なき医師団は

人が足りない  資金が足りない  時間が足りない状態という。

ベルギーの首都ブリュッセルに特設された医療テントで、 感染疑いのある移民の医療援助にあたるMSFスタッフ © Joffrey Monnier/MSF


わずかな金額にもかかわらず頂いた感謝状


Go   to   travel   行ったつもり

医療用防護ゴーグル6点分ぐらい募金できるかな。

私にできることは今それくらいしか。 

                         202010月3日長塩




2020年10月2日金曜日

もなか

 


「水の面に照る月浪を数ふれば 今宵ぞ秋の最中(もなか)なりける」

                       源順(みなもとのしたごう)



「秋の最中」は中秋の名月という。
江戸時代のお菓子屋さんが満月に見たてて「最中の月」として
売り出したのが現在の もなか の始まりと聞く。
当初はもち粉を薄く延ばして焼いた丸いせんべい状のものだったのが
後に餡を挟むようになったらしい

和暦では  文月が初秋  葉月が仲秋  長月が晩秋
仲秋と言えば葉月全体をさすのだが 
  中秋は 秋のど真ん中にある8月15日に限定して  
  使われる言葉になる。    まさに秋の最中

先日の2020年10月1日は 中秋の名月 その日にあたった。

10月1日のお月さま

我が家では いつものように うさぎさんが お餅をついて・・・
秋の名月を楽しんでいましたっけ。


                         2020・10月2日 長塩

2020年9月3日木曜日

お中元と素麺


京都の友人から残暑見舞いの素麺と遅れたお詫びの便りが届いた。
お中元が遅れてしまいましたすみません・・・etc。

お中元と残暑見舞いの違いで謝るの?

理由はこうである。
そもそも中元とは中国の道教に伝わる三元の祭日の一つ。
上元は一月十五日(小正月)下元が十月十五日で収穫祭
中元の七月十五日は仏教の盂蘭盆会(うらぼんえ)と重なることから
ご先祖様だけでなく
現生でお世話になっている人に素麺やうどん 果物などを
贈り合うようになったのが現在のお中元のはじまりらしい。
古くは生き盆として両親に魚を贈る習わしがあったらしい。
うどんや素麺は無病息災 細く長く 命が永からんことを願うもので
製粉に手間のかかる麺類は米に代わる貴重な食材でもあったろう。

長い手延べそうめん

それを願っての友人からの毎年のお中元は手延べそうめんというわけだった。 
情けないことに私ときたらその理由を理解したのはずっと後のこと。

気温が38度39度と人の体温より高い異常な暑さの続く昨今
昼は氷を浮かべた素麺と決めた。

         

木蓮の根っこにくっついて広がり、自生している白い花の咲く冥加と
夫が育てている畑の葱と生姜を薬味に 長い素麺をさっぱりと食べよう。
庭の夏紅葉の葉と友人の顔も浮かべて・・。   2020 8月 長塩   





麻刈り


俳句がブームになって久しい。
先日 麻刈り  という季語を目にした。

あふみのや麻刈る雨の晴間哉   ー蕪村ー

 
麻刈りの様子

 麻刈りの時期 このところ 日本中が雨  数日降り続いていた。

麻ノ繊維ハ 縄トナシ  綱トナシ  降リテ麻布トナス 
 贅ハ 油ヲ絞ル。

春に種をまいた麻は晩夏になると数メートルの高さに成長する。
その強い生命力にあやかって麻の葉文は産着や子供の着物 
女性の襦袢にも使われた。
そのうえ絶縁性が高く昔は雷が鳴ったら蚊帳に入って身を守った。
現在も結界を作り 場を清める道具として神事に欠かせない素材に
なっている。
江戸中期に木綿が普及するまで衣服の中心は麻であり 
藍 紅花とともに三草と呼ばれた。
 


         江戸時代の三草 藍 紅花 麻


新生児産着・麻の葉模様…黄色がなぜ魔よけの色なのか? | 麻の葉柄の初 ... 
麻の葉文の産着柄                組子細工

2015年英国デコレックス展示会で出展された麻の葉柄の椅子と生地


他にも壁材や布団箪笥の湿気取りなどに利用され
内装メーカー東リさんが
以前にケナフ(アオイ科)の壁紙を出している。
施工性の点で今は生産されていないが・・。
実は絞って油にするほか
蕎麦の薬味として七味唐辛子の原料にもなっている優れもの。
改めて麻の威力を見なおしてみたいものだ。



蚊帳
ずいぶんと子供の頃 実家では昼寝の時間や夜に蚊帳を吊っていた。
雷様と蚊帳の記憶も 
昼寝をしない弟が泣くと雷様がおへそを取りに来るから
べそをかきながら蚊帳に入っていた弟の姿のかすかな記憶と
蚊が入るから早く中に入りなさいと
母にたしなめられた光景も断片的に思い出す。

蚊帳の風景

結婚して間もないある日 
母から柳行李に入った蚊帳が届いた。
若い人は行李などは分からないだろうが
茶箱と同様昔は衣類の保存にどの家にもあった。
今はヤフオクで時々見かけるが。
結婚後最初の住まいは広島県福山市だった。
携帯電話もない時代 9時以降は電話代が安くなるので
その時間に母の声を聴いては涙が込み上げた。
夫婦ケンカの時も電話をした。 「好きで一緒になったんでしょ」
遠くに嫁に行ったことを寂しく思っている母の返しの言葉だった。
それにしても蚊帳を送ってくるなんて時代遅れだと半分呆れたものだ。
それはどっしりと重く
白とブルーグリーンの色だったように覚えている。
引っ越しの度に置き場所に困りながらも
「好きで一緒になったんでしょ」という言葉と一緒についてきた。
あれからずいぶんの時が流れ
現在の住まいまではあった気がするが
いつの間にか我が家から蚊帳は行李を残して姿を消した。
一度も使われることはなかった。
今は行李に母の着物が入っている。
麻の繊維を取った後の苧殻は今もお盆に焚く迎え火に使われ 
今夏も親を送った。

送り火に麻の苧殻


コロナ事情で外出の数が減りリモートワークが多くなった。
お気に入りのモスグリーンの麻のワンピースは
光の加減と上半身だけ写るパソコンでは顔写りが悪いのだが
機会をみつけて一度は袖を通そう。
麻は母の思い出と共に蘇ってくるから。
                   202008  長塩小夜子




















2020年6月17日水曜日

シクラメンのかおり


頑張らなくていいよ


シクラメンは冬の花のはずだが
事務所のシクラメンはいまだに咲き続けている。
まだつぼみが3つもある。
夏頃まで咲きそうだが、[もう頑張らなくていいよ!]
 

日頃 ここの主はせわしくしていたのに、
なぜかこの頃出かけなくなってしまった。
いつもと様子が違う・・・。大丈夫かな?
そう思って心配したのだろうか・・。
そんな主を慰めようと精一杯力を振り絞って
花を咲かせ頑張ってくれたのかなあ・・。
ひょろひょした姿は 本当にけなげに見える。

6月17日

ひょろひょろと咲く


まだつぼみが3つもある

 バタバタ忙しい時は水やりも忘れがちで気にさえしていなかった時もある。
そのくせ都合の良い時に癒されることばかり求めた。
今ひょろひょろしながら咲く姿をまじまじと見ながら思う。  
「きれいだったよ! あまり頑張ると冬に元気でいてくれない気がするので
もう頑張らなくていいよ。冬に生き生きしてまた会おう・・。」と。
                                                                                                      6月17日 長塩 











夏萩の咲くころ



巣立ち


早朝5時 新聞を取りに行くと、我が家のツバメたちが 
巣から一羽づつ飛び立って、
ビービー鳴いて家の近くを旋回し始めた瞬間に出会った。

2羽が並行して飛んでいるのは親が飛び方を教えていたのかもしれない。
肉眼で見える範囲で飛び回っていたがやがて静かになって見えなくなり
巣の中は空っぽになった。
雛によっては2・3回巣に戻って飛ぶ練習をしてから巣立つらしいが なんと
我が家のツバメたちは ビービーという鳴き声をたてて早朝どこかに消えるが
夕方になるとまた巣に戻ってくる。もう二週間になる。



玄関の糞対策に敷いた新聞紙をこれで最後と片付けた後から
結局親鳥と育った4羽がホテルのようにまた巣を使い始めたので余計に玄関が汚れた。
ドア前に広げた糞用新聞紙といたるところに落ちる糞、汚れた壁は、美観とは縁遠く
毎日壁紙や床材サンプル メーカーカタログなどを配達してくれる
宅急便のお兄さんたちは そこをうまくよけて通ってくれた。
下を見て 上を見て
「今年も?」 「そうみたい」
「何羽?」  「4羽」
「同じ親ですかね?」 
マスク越しに会話を交わして少々困りながらも育つのを楽しんでくれた。

孵って床に落ちた卵の殻 5月26日


いよいよ巣立つ準備中 6月13日
こんな顔 6月17日朝5時
毎晩戻る 6月24日 親2羽 子4羽 濃厚接触  



夕方戻った6羽が入りきれず横巣を補修して・・。




静かになった玄関 


とうとう巣立って行ってしまった。玄関の夏萩が可憐に咲いていた。

来年も待っていますよ・・。
手入れは行き届いていませんが
紅葉ともっこくと沙羅と山茶花と・・
2階まで背が伸びた金木犀の木と
カリンとぐみの木のある古い家が目印ですから・・。
そうそう主がダイエット用に買った自転車も少し錆びてはいますが
玄関においています‥多分来年も・・。         06・27長塩